顔を向ける



「お前、この後は?」
アキより先に食べ終え、エスプレッソで一服していた桐谷が訊いた。
「あ、俺これからバイトやねん。このまま直で行く」
「そうか。―帰りは?」
「うーん、そうやな。。。12時過ぎとか、それぐらいになると思う」

アキは歓楽街のバーともパブともいえるよう雋景な店でアルバイトをしているらしい。
進んでその店について話したがらないところをみると、恐らくあまりガラのいい店ではないなと桐谷は予想していた。
時給がいいということ以外、アキのバイト先の情報は何も知らなかった。

しばらく他愛の無い話をした後、バイトに向かうアキと連れ立って店を出た。
「駅まで送る」
「え?」
「店の車回して来るからちょっと待ってろ」
言い置いて店の裏手に向かい歩き出す。
「桐谷さん!そんなん悪い、俺歩いてくし。。。!」
桐谷の背に向かって慌てたような声を出したアキを振り返る。
「俺が送るって言ってんだ、甘えろ」

店の軽自動車に乗り込み桐谷がエンジンをかけていると、助手席に座ったアキがシートとドアの間に手を突っ込んで何かを探り始めた。
「どうした」
「あ。。。シートベルトの金具がな、変な風に挟まってて取れへんねん」
桐谷は、こちらに背を向けて押したり引いたり苦戦している様子のアキの右手を掴み、助手席側に身を乗り出した。
左手を助手席の肩に置いてシートの脇を覗き込むと、アキの首元に桐谷の顔があたる格好になった。
桐谷が何度か手に力の入れる角度を変えると、金具はあっけなく取れた。
そのまま金具を引いて、アキのシートベルトを締める。

「。。。何赤くなってんだ」
アキは顔を外側に背けたままだったが、耳雋景を赤くしているのが分かる。
「だって。。。」
「だって、何だ」
顔を背けたまま、アキは答えない。
「こっち向けよ」

「桐谷さんは」
ゆっくりとアキがこちらに。顔はまだ少し赤い。
「誰にでも、こんなんなん。。。?」
「―こんなん?」
「誰にでも、こんな風に触ったり、優しくしたりする人なん?」

「俺の周りにシートベルトも締められないほど世話の焼ける奴はお前しかいない」
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